連載第五回

 今回で連載も五回目となり、いよいよネタもなくなってきました。一昔前のことをあれこれと思い起こして、適当に作文して、よくもここまでダラダラと書いてこれたものだと思います。 そういえば、大学時代のことになりますが、当時、アニメの作画・演出にとても精通しており、彼自身でも質の高い自主制作アニメを作っていた、本当に恐るべき知り合いがいました。その彼が、ある日、次のようなニュアンスのことを言っていました。 「作画(アクション)で誰が凄いかと言えば、金田伊功さん(通称キンタさん)が、なんといってもずば抜けていると思う。演出に関しては、いろんな意見もあるだろうが、アニメの演出家でナンバーワンといえば、やはり出崎統氏であろう・・・。」 アクションシーンにおいて、レイアウト・アングル・タイミングの取り方・爆発の描き方等々、斬新な変革をもたらした金田伊功さんの作画に関しての評価につきましては、私もほぼ同意見でした。しかし、演出家のナンバーワンが出崎統氏であるという意見に関しては素直に同意できず(当時、押井守氏のファンであったこともあり…)、さりとてあれだけ自信ありげにそこまで言い切れるのには、それな りの理由があるのだろうと思い、その言葉を聞いて以来、出崎統監督の作品があれば、なるべく気を付けて観るようになりました。
 最近観賞する機会を得た出崎監督のOVA「ブラックジャック」は、たいへんレベルの高い作品に仕上がっています。(医学の専門家の眼で見ますと、医学考証的には一部難点があるようですが…。)でも、ちょっと待って下さい。実際にご覧になっていただければわかると思いますが、出来が良いと感じられるのは、単に出崎氏の演出が魅力的なだけではなく、むしろキャラクターデザイン/作画監督の杉野昭夫氏を筆頭として作画陣の力量によるところがとても大きいような気がしてなりません。それが証拠に(?)、杉野氏らがタッチしていない先日NHKで放映された出崎統監督作品「大河アニメ・孔子傳」を見ると、一部のシーン(美女・南子が登場するシーン等)を除いて作画のクオリティーがそれほどには高くないこともあって、出崎氏の、いわば十年一日の如くパターン化された演出技法(入射光、斜めフィルター、止め絵、ハーモニー処理等々)が陳腐に思われました。出崎氏の個性、演出の特徴なのだと言えば、それまでなのでしょうが…いささか食傷気味です。やはり優れた作画陣のサポートがあって、はじめて真価を発揮するような演出家だなあと、つくづく感じてしまいました。
 今では、誰が演出家ナンバーワンかなんて、論じること自体、あまり意味がないことのように思っています。結局は観る人の主観によるものでしょうから…。 尚、この「孔子傳」に関しましては、いっしょにTVを見ていた中国・朝鮮の歴史に詳しい友人が、何かこだわりの原稿を書くとのことです。 すっかり横道にそれて申し訳ありません。やはり私には、望月さんや押井さんの演出が肌に合っているようです。それでは、望月FC結成に至るまでの経緯を、この後は述べていこうと思います。

 十、望月智充FC結成前夜
 一九九二年(平成四年)。我々が総力をあげて開催したイベント:九州大学アニメ研究会発足十周年企画『望月智充さん、後藤真砂子さん、両氏を囲んでの懇談会』が終了してより、既に三年の月日が経過しようとしていました。 私はと言えば、上からの指令による一年おきの転勤が続いており、その状況にいささか辟易しておりました。「何かおもしろい事がやりたい=もっと趣味の領域で、充実した日々を過ごしたい>」とは思っていても、具体的に何をやればよいのかわからないといった、閉塞状態に陥っていました。そうこうしていた時、「望月智充さんのFC」結成の構想が、誰言うともなくアニメ研OBの仲間内から浮上してきました。
 実際にFCを結成するとなると、まず望月さんのご承諾を得るのは当然としても、それなりのきちんとした運営を行い、そこそこに内容のある会報・会誌などを、定期的に発行していかなければなりません。できるだけコミックマーケットにも参加して、宣伝・販売活動も行わなければなりません。一方で会誌の印刷には、どうしても万単位のお金がかかり、その運営資金をどうするかといった問題もあります。すべてを踏まえた上で、FCを結成・運営していくならば、それ相応の責任が担当者の肩に重くのしかかることになります。あまり軽々しく簡単に実行に移せる事柄ではありません。その後、多少の紆余曲折はありましたが、ともかくFC結成すべし!ということで相談がまとまり、見切り発車といった段階で、初代FC会長には不肖、この私が選出されました。(実は、影の会長は既にこの頃から山本氏だったのですが…)まずは、記念すべき創刊号の発行です。どういう内容の会誌にしようか、大変思い悩みました。

十一、その名は『こだわりの書』
 創刊号の内容に関して、スタッフの意見がなかなかまとまらない一方、FC会誌のタイトルだけは、なぜかすんなりと決定しました。以前から望月さんの演出はこだわりの演出だ…氏の演出にはこだわりが感じられる…というようなことを、時折みんなで言っていて、この言葉が望月さんの演出を語る上で、キーワードになるような気がしたものですから。また、その当時「〇〇〇〇の書」という風なネーミングがはやって(?)いたような記憶もあります。
 さあ、次は会誌の中身です。望月さんの演出に関する原稿を千葉在住の中島氏(関東方面支部長)と副会長の山本氏に依頼し、表紙はいつもお世話になっているイラストレーターのBM氏へお願いし、他のスタッフ及びアニメ研の知り合いにも原稿書きを依頼しました。私はといえば、それらを集めて清書/編集し、完成原稿にして、プリントショップに印刷を発注することにしました。また、コミケでの販売の責任担当者にもなりました。
 当時を思い起こしてみると、とても残念で胸が痛む、苦い思い出があります。それは、大学生時代から数年間、共に評論系の同人誌活動を行ってきており、とても信頼していた友人が、結婚とほぼ同時期に音信不通も同然の状態になってしまったことです。まさに寝耳に水の出来事であり、訳が分かりませんでした。聞くところによれば、彼の日々の仕事は相当の激務のようですし、ましてや家庭を持つと、趣味にはなかなか打ち込めなくなるものか・・・と、ひどく悲しくなりました。望月さんの演出に関しても、しっかりとした見識を持っていた友人であり、今回のFC活動への協力を期待していただけに、大変な痛手でした。
 一方では、嬉しいことに、望月さんより、FC活動を開始することに対する許可をいただけたのみならず、なんと、今までに制作されたアニメ作品群の完全なリストをご提供いただけることとなりました。これで創刊号の目玉記事ができました。これには会長として編集長として、本当に助かりました。
 このようにして、悪戦苦闘の結果、「こだわりの書/創刊号」がついに完成しました。十二月二十七日に納品ということで、コミケ開催日に、なんとかぎりぎり間に合いました。ほっとしたのもつかの間、すぐに東京へ向けて出発しなければなりません。仕事を出来るだけ手短に片づけて、慌ただしく旅行仕度をし、福岡を離れたのが二十八日でした。

 十二、望月智充FC、コミケに初見参!
 一九九二年(平成四年)十二月二十九日火曜日。コミックマーケット43の初日です。スペースは晴海の新館一階ツの37b。何度参加しても、いつも開場前は、緊張感からか、どうにも胸の高鳴りが抑えられません。特に今回は、望月智充FCとして初参加ということで、果たして会誌に興味を示していただける方がいかほどいるものか、会誌を買って下さる方がいるのか・・・まったく予測ができなかったため、正直いって、とても不安でした。 午前十時に開場され、いよいよコミケの本番開始です。意外といってはなんですが、とりあえず会誌を手に取ってみられる方が多いのには驚きました。しかし、やたらと文章が多いためか、購入して下さる方は、午前中はほとんど現れませんでした。 昼過ぎ頃より、ようやく会誌が売れ始め、終了時間までには、知り合いに配ったものも含めて四十冊程がさばけました。いちおう初参加のサークルとしては、健闘した方ではないかと思います。
 コミケ終了後、新宿のしゃぶしゃぶ屋で開かれた反省会では、いくつかの改善すべき問題点があげられました。多少コストはかかっても、一人でも多くの方々に会誌を手にとっていただくという点から考えるならば、表紙はきれいなカラーイラストの方がよいのではないかとか、内容的には文章ばかりではなく、イラストやマンガもあった方がよいのではないかとか、演出を語るというのならば、やはり絵コンテを会誌に掲載する必要があるのではないかとか、むさ苦しい男ばかりが売り子をやっていては売れるものも売れないので、何とかして女の子をサークルに引き込んで販売を手伝ってもらおうとか・・・。まあ、言うは易く行うは難しですが、いろいろな意見が出ました。 こうして、一九九二年も暮れていきました。この時、まさか新年早々あのようなふってわいたようなトラブルにみまわれようとは、神ならぬ身では知る由もありませんでした。  今回はここまでにしておきます。次回がもしあるとするならば、その後の顛末(会長交代劇の真相その他)について書くかもしれませんが、あまり公表したくない内容なもので…どうしましょう・・・(汗)。


連載第六回

*特別企画*
望月智充監督インタビューもどき
 今回はいつもとは趣向を変えまして、先日、望月氏とお会いした際の会話を元にして、インタビューのような形式で記事を書こうと思います。ただし、アニメ誌・業界誌におけるような、お堅いインタビューとは異なり、いわゆる世間話のような内容の会話ですので、あまり真面目に受け止めずに、どうかお気楽にお読みになって下さい。
 尚、いつものことですが、原稿作成、構成上の都合等により、適当に脚色をほどこしてある箇所が少なからずありますので、どうぞあまり内容を鵜呑みにしないようにして下さい。
 また、アニメーションに直接関係しないような内容の会話(鮫の軟骨の話とか・・・実はこういう内容が話の半分近くを占めていました)につきましては、割愛させていただいております。
 それでは、インタビューもどきを始めさせていただきます。

 日時 平成八年四月五日(金) 午後九時〜
 場所 東京、池袋駅前の某喫茶店にて

 一、その名はダグオン…監督/望月智充
――手紙のやりとりは何回かありましたが、実際にお会いするのはお久しぶりですね。お元気そうで、なによりです。今更言うのも遅きに失した感じですが、一年間のTVシリーズの監督就任おめでとうございます(注1)。
サンライズの新勇者シリーズ「勇者指令ダグオン」もちろんしっかり観てますよ。とても評判が良いようで、なかなか上々の滑り出しですね。
望月:う〜ん。それが、視聴率があまりふるわないんだよね・・・(しばし沈黙)。そういえば、評判ということで言えば、パソコン通信上には、しっかり「勇者指令ダグオン」のフォーラムというのが出来ているんだよ。おそらく好き勝手に何かひどいことでも言われているんじゃないかと心配していたら、パソ通を行っている友人からの情報によると、意外にも、けっこう好意的な意見が多く述べられているんだ。僕がこういうことを言うのもなんだけれど、もし可能ならば、望月FCの活動においても、パソコン通信を利用すれば、活動の幅が広がって、さらに様々な人の意見が聞けていいんじゃないかな。原稿も集まりやすいかもしれないし。
――そうですね。FC活動におけるパソコン通信の活用につきましては、今後の検討課題とさせていただきます。
ところで、「ダグオン」の監督ということですが、実際にはどういった作業をされているのですか?
望月:(つまらなさそうに)そりょあ、一般的な(TVアニメの)監督の作業だよ。シナリオのチェックとか、コンテのチェックとか…そういったことだよ。とりたてて特別なことはやっていないよ。一年間分の「ダグオン」関連のオモチャの発売予定のスケジュールは、オモチャ会社によって取り決められていて、そのことは我々アニメ制作サイドの意向では動かすことができない決定事項なんだ。だから、キャラクター設定やストーリーといった領域で、脚本家/シリーズ構成の荒木憲一さんと二人で相談しながら入念に作業をすすめているんだ。ただ、予算の都合で顔に影が入れられないとかあって…影ありと影なしでは、セル一枚の仕上げの単価が違うようなんだ…その他にもいろいろ制約があって、毎週放映のTVアニメを作るのは、なかなかに大変な作業なんだよ。
――今のところ、五人のチームで戦っていますが、今後新たな展開として、戦士の数が増えるというようなことはないんですか?
望月:うん、増える…(注2)。(それ以上は企業秘密ということで、残念ながら教えていただけず)
――今後の「ダグオン」の新たなストーリー展開・新戦士の登場に期待しましょう。ただ、最近のコミケにおける「ダグオン」サークルの動向等を見るにつけ、「ダグオン」を熱烈に応援して下さるのはとてもありがたいのですが、あまりいわゆる「やおい系」だけで盛り上がるのも、望月監督のファンとしましては、実になんとも複雑な心境なんですよ…(笑)。

 二、DPF3とOVA批評
――「ダーティペアFLASH3」では、坂本郷というペンネームで第三話と第四話の脚本を担当されておられますね。ただ、望月さんが絵コンテを切られたのは、第三話「夏色の勝利者〈ウィナー〉」だけでした。望月演出のファンとしては、ちょっと食い足りない感じもしますが…。
望月:(それには答えず)第三話については、ちょっと残念なところがあってね。実は、撮影作業も海外で行っているものだから、一部に思うような撮影が行われていない箇所があるんだ。言葉は悪いかもしれないけれど、なんだか海外での撮影作業の実験台にされたような気もしないでもないな…。
――そうなんですか、観ていて気付きませんでしたが、それは…困ったことですね。でも「ダーティペアFLASH2&3」に関して申せば、高千穂氏原作のSFアニメながらも、日常描写・生活感にこだわる望月さんの特色・カラーがそれなりに表現され、生かされていて、とても楽しめるシリーズ作品であったように思われます。中には「これは、本来のダーティペアではない」などというようなことを宣われた方もおられたようでしたが…。そういえば、アニメ誌のOVAに関する批評の欄とかは、ご覧になっているのですか。
望月:けっこう辛口の意見とかもあるみたいだけど、例えば○○○氏とかね。でも僕は、君と違って、比較的冷静に、あんなものかなあ…ぐらいに思って見てるよ。

 三、ぼくのマリー「夢みるアンドロイド」
――OVA「ぼくのマリー」(全三巻)ですけれど、製作進行状況はいかがですか。
望月:第二巻「剣王ひびき登場」については、既にほぼ仕上がっているよ。第三巻の「夢見るアンドロイド」は、僕のオリジナル・ストーリーなんだ。夢をテーマにした話で、まあ言ってみれば押井さんの「ビューティフル・ドリーマー」のような感じでね。ただし、当初の予定よりはやや遅れて、発売は八月にずれ込みそうだけどね。
――夢をテーマにしたオリジナル・ストーリーですか、それはとても面白そうですね。それに、完成した暁には、第一巻のように「おもしろいのは単に原作のおかげ…」などという不愉快なことも言われないですむでしょうしね。発売される日を心待ちにしています。原作マンガの単行本を読んでみましたが、そもそも第一巻にしたって、ストーリーの大筋は、原作通りですが、マンガではあっさりと表現してあって、悪く言えば適当にごまかしてあるあたりを、望月さんがきちんと具体的に表現し、観ていて納得のいくしっかりとした一話完結タイプのストーリーに再構築し直した上で、アニメ化していると思います。原作マンガの面白さは、もちろん充分評価してはいます。しかし、それに引けをとらないぐらい、監督のオリジナリティーが随所にちりばめられている、たいへん心暖まる質の高いアニメ作品に仕上がっていると私は思っています。作画もとても気に入っているんですよ。だのに・・(ブツブツ)。

 四、フリーにならない理由
――そういえば、念の為にお伺いしますけど、望月さんは現在も亜細亜堂所属なんですよね。私たちの知らない間にフリーになられているわけではないですよね。
望月:亜細亜堂所属だよ。仕事はもっぱらサンライズとぴえろで行っているけれど…。アニメスタジオというか、会社に所属していていいことは、まず家などの高額なものを買ったりする時、比較的お金が借りやすいんだ。次に、税務署等への面倒な届け出を自分の手でしなくてすむ。この二点が大きいんだよ。
――(聞くんじゃなかったと思いつつ)ヘエ、そうなんですか。そんな理由があったんですか。
 
 五、衝撃!フィルムBOOK発行中止事件
――望月監督の代表作の一つであり、とりわけ評価の高い、「きまぐれオレンジロード・あの日にかえりたい」ですが、そのフィルムブック(アニメコミック)が発売されるという嬉しい情報を今年に入ってから得ました。ところが、発売予定日を過ぎているのに、いつまで待ってもどこの書店にも入荷しないんです。発行が延期になったのですか。
望月:可哀想だけど、いつまで待っても無駄だよ。なにせ、発行が中止になっちゃったんだから。
――エ────────!それはどういうことですか。
その訳を詳しく教えて下さい。
望月:後藤真砂子氏が表紙用のカラーイラストを描いて、表紙の試し刷り終了の段階まで進んでいたんだけれども、突然、発行が中止となった。本の中身の方の編集もおそらくかなり進行していたとは思うけどね。
――そこまで進んだ段階で中止になるなんて…まさかとは思いますが…原作者M氏の・・・ですか。
望月:そうみたいだよ。「あれ(あの日にかえりたい)は、オレンジロードじゃない…」ということじゃないかな。手元にフィルムブックがあれば、あのカット/シーンにはどういった演出処理をしたのか等の確認ができて、後の演出作業にも役立つし、僕としては、ぜひ発行して欲しかったんだけれどね。
――それは、とても残念なことですね。とりわけ、私たちのような望月監督のファンにしてみれば、理不尽な行為としか言いようがありませんが…。少年マンガ誌に広告まで掲載されていたのに・・・原作者の意向では、如何ともしがたいのでしょうか・・・(しばし沈黙)。

 六、エヴァンゲリオンに関することども
――巷では、TVアニメ「エヴァンゲリオン」及びその監督である庵野秀明さんが何かと話題になっていますが、望月さんは「エヴァ」はご覧になっておられますか。
望月:TVやビデオでは観ていない。
――と申しますと‥。
望月:フィルムブックがスタジオにころがっていたので、それをちょっと見た程度だよ。そういえば、この前、本を見ていて気付いたんだけど、第五話でのプールサイドのシーンで、OVA「誕生」の第一話のプールのシーンとよく似たレイアウトが使われていたよ。たまたま、類似したレイアウトになっただけなのかも知れないけどね…(注3)。
――そうなんですか、後でチェックしてみます。やはり、「エヴァ」に関して、多少は意識されておられるようですね。実は、かくいう私もけっこう「エヴァ」にハマッている人間の一人ですから。いわゆるコアなファンとまでは、いきませんが…。
望月:(あきれたように)なんだなんだ、君もか…。それってもしかすると、訳が分からないものを、ありがたがっているだけじゃないのかな。
――確かにそういうファンも中にはおられるとは思います。が、私の場合、ああいう重々しいストーリーをTVアニメの枠内で映像化し、公共の電波にのせたこと自体を高く評価しています。自閉症気味の主人公とか、感情はあっても感情を表現する手段を持たないヒロインとか、目の前で母に首吊り自殺をされてしまった少女とか・・とにかくいろんな意味で凄いキャラクターたちが寄り集まって、インパクトのあるストーリー/ドラマを構成していますしね。
望月:インパクトのあるストーリーといえば…思い出したけど、例のベッドシーンの一件では、アニメ制作の関係者が何らかの責任をとらされたそうだよ。ついでに言うと、ラストの二話についてだけど、これは知り合いのアニメーターから聞いた話だけれど、LD/ビデオとして販売する際には、中身を作り直して発売することになるようだよ。
――そういう噂は漏れ伝わってきていましたが…そうなんですか。ですが、物議をかもしだした最終回に関しましても、私は肯定的な意見を持っています。謎が謎のまま終わってしまいましたが、あの展開であそこまで話を拡げてしまって、残りたった二話でストーリーを完結させること自体、どだい無理な注文だと端からわかってましたから。むしろ、ストーリーをきちんと完結させることをいい意味で放棄し、かつての自主製作アニメーションを髣髴させるような映像を観せていただいたことに正直言って感謝しています。大学時代、セルアニメは高嶺の花で、直接動画用紙にペン描きしたり、着色したりして、8mmカメラでコマ撮りを行っていましたし、そうした懐かしい思い出もあってか、最終回の、セルにこだわらない演出技法の採用、しかもそれをTVアニメの作品内の重要なポイントで効果的に用いたということに、感銘を受けました。
望月:庵野監督とは、プロとしてのデビューの時期が近かったこともあって、会えばそれなりの挨拶をする仲ではあるんだ。そういえば、同時期にアニメ界にプロ・デビューした内で、この業界にしっかりと留まって活躍している演出家といえば、後は佐藤順一さんぐらいのものかなあ。他の人たちはどうしちゃったんだろうね・・・。アニメ・プロデューサーの皆さんからは、どうも庵野氏と僕は、同類・同傾向の演出家とみられているみたいなんだ。君はどう思う。
――急に難しい質問ですね。ただ、望月さんと庵野さんの演出は、私には、あまり類似しているようには思えませんし、そういう印象を受けたことも今までにはありませんが…。プロデューサーの皆さま方からみれば、そうなのですかねェ。喜ぶべきことなのか悲しむべきことなのか、よくわかりませんね。
望月:そういや、庵野氏は「望月はマニアだ・・・」とか、僕のことを言ってるらしいよ(笑)。

 七、赤ちゃんと僕
望月:TVアニメ化が決定した「赤ちゃんと僕」という作品があって、その監督になってもらえないだろうかという話が少し前にあったんだ。僕としては、今それこそ子育ての真っ最中(注4)ということもあって、やってみたい気持ちはあったんだけれども、「ダグオン」と掛け持ちするわけにもいかず、監督をお引き受けすることはやむなく断念したんだ。でも、オープニングとエンディングのアニメーションだけは、作ることになると思うよ(注5)。
…… こうして、二人の会話は深夜まで続いて行きました。
 以上にて、望月監督インタビューもどきを終了させていただきます。御精読ありがとうがざいました。
 次回、「ともみの真実」につきましては、内容未定です。
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(注1)過去、望月氏はTVシリーズの監督/チーフ・ディレクターに抜擢されたことはあるものの、新体操アニメ「光の伝説」は視聴率不振等のため打ち切られ、「らんま1/2」は諸事情により亜細亜堂が制作より手を引いたりと、きちんとした納得のいく形で最終回までTVシリーズを全うしたことが、実は無いのである。
(注2)このインタビューの時点では、ゲキや宇宙剣士ライアンは、まだTVには登場していなかった。
(注3)望月氏が指摘したであろうカットは、こだわりの書7に掲載。
(注4)望月ご夫妻には平成六年に、長男の一郎太くんが誕生。ちなみに一郎太くんはダーティペアFLASH3第一話にて、声優として(?)既にデビュー。
(注5)「赤ちゃんと僕」のOPとEDは、結局、望月智充・真砂子ご夫妻で製作。仲のおよろしいことで…。
 

連載第七回

 心情的にはあまり触れたくはありませんが、当FCの活動の歴史に関する一連の記述の中で、やむを得ず書いておかなければならないと思われる、ある痛恨のエピソードがあります。サークル活動・運営の難しさ、人付き合いの難しさ等々を痛感させられたその忌まわしい出来事を、今回はいやいやながらもなんとか頑張って記述してみようかと思います。
 但し、四年近く前のことであり、詳細につきましては記憶が定かでない部分もありますので、内容につきましては、いつものことながら、あまり真っ正直に鵜呑みにしないようにして下さいね。

 十三、会長交代劇の真相
 一九九三年の正月。ある男性、仮にA氏とでも呼びましょうか、その方から一通のお手紙が編集部に届きました。それは、「望月FCの会員になりたい。そして、会誌の原稿を書きたい」との内容でした。すぐにお返事を差し上げましたが、慎重な性格の私はその際、「原稿をお送りいただくことは歓迎しますが、寄稿していただきましても、場合(その内容)によっては不採用となるケースも可能性としてはありますよ…」というような旨を一応書き添えておきました。思えば、ここからボタンの掛け違いが始まってしまったようです。その当方よりの返事の手紙の文面が、アニメ評論に関してはかなりの自信を持っておられるA氏のプライドをいたく傷つけてしまったようです。ほどなくして、私の手元には、怒りの心情が込められた物騒な内容の長文の手紙が送られてきました。当時、病院勤務等のストレスで少々神経質になっていた私は、これには正直言って腹を立て、つい過敏に反応してしまったような気もします。そして、こういう過激な性格の方とお付き合いする趣味は毛頭ありませんでしたので、これはもうA氏とは縁を切るしかないなと暗に感じていました。そうこうしている内に、A氏から の次の手紙が届きました。「きまぐれオレンジロード・あの日にかえりたい」に関する、かなりの枚数の原稿でした。原稿はA氏の自信作とのことで、確かに新たな視点から作品を眺めたモノで、とても充実した内容でした。しかし、いくら原稿内容が優れていても、A氏の人間性に疑問を抱いていた当時の私は、その原稿を会誌に掲載する気にはとてもなりませんでした。同封されていた手紙からは「不採用にするならどうぞご勝手に…、でも後悔することになるよ……」といったような、ぞんざいな態度が伺え、しかも同じ原稿を既に某アニメ誌の編集長と望月氏の元にも郵送したということまでが、自慢げに書かれているではありませんか…!。A氏のこうした行為の意図は、私には到底理解できませんでした。一連の振る舞いを目の当たりにした末、ついに私はA氏との縁を切る決心をしました。直ぐさま原稿不採用の旨、A氏に手紙を書き、今後絶縁する旨もお伝えしました。冷静になった今にして当時を振り返りますと、なんて大人げない行為(喧嘩)をしたのだろう、短慮だったと、深く反省しています。まあ、タフそうなA氏のことですから、今でもお元気になんらかの同人活動なり投稿活動なりを 続けておられることとは思いますが…。
 そのA氏の例の原稿ですが、望月氏の手元に確かに届き、氏の目に触れています。後日の望月氏からのハガキによりますと、その原稿の内容に対しての望月氏の評価はかなり高く、FC会誌への掲載を楽しみにしていたご様子でした。私とA氏との諍い、感情の行き違いなど、監督にはまるっきり関係の無い話ですし、当時の私の独断で結果的に望月さんに不愉快な思いをさせてしまったように思います。取り返しの付かないことを行ってしまったような気がして、すっかり意気消沈してしまった私は、「自分は会長の器にあらず」と痛感し、他の編集部スタッフとも相談の上、今回の不祥事の責任を取る形で、望月智充FCの会長を辞任し、一九九三年三月、会長職を山本哲氏にお譲りしました。
 今回は、ここまでにしておこうと思います。実は、この原稿は締め切り前日の深夜に書いていたりするものですから…。過去を振り返るのはこれくらいにして、次回は、なんとかもう少しまともな内容の何かを書こうとは思っていますが・・・どうなりますことか…。

連載第8回

 今回のメニューとしましては、前半に、先日望月さんとお会いして話をした際のエピソードを、
後半には、当ファンクラブのホームページ作成・開設に至るお恥ずかしい苦労話を書こうと思い
ます。
 尚、いつものことながら、原稿作成、構成の都合上、記憶の不確かさ・・・の諸々の事情により、
適当に脚色をほどこしてある箇所が少なからずありますので、どうか内容をあまり鵜呑みにし
ないようにして下さい。

一四、望月監督との会食

日時:平成九年四月五日(土曜日) 
     午後九時半頃より
場所:東京、池袋駅前の某喫茶店にて
参加メンバー:望月智充さん、
 当編集部より 田中(以後Tと略)と中島(以後N)

☆次より、その時の会話の(一部)再現のようなものです。
    (記憶を頼りに書いているもので…スミマセン)
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―T&N「どうもお久しぶりです。」
―T「『ダグオン』の監督のお仕事お疲れさまでした。といっても、この後、『ダグオン』のOVA
  制作の話があるようですね。」
望月「そう、ダグオン・ファンのご要望にお応えするということで、制作することになったんだ。
  全二巻ということで、この秋以降に順次発売になる予定だよ。ファンの女の子たちは、
  どうもほのぼのとした学園モノを望んでいるようなんだが、その(要望)通りこしらえちゃう
  のもどうかなあ…と思って、それなりのしっかりしたストーリー・内容にするつもりなんだ。
  但し、女の子の切なる願いも考慮して今回は多少いわゆるやおいの雰囲気も加味した作り
  にはなるかもしれないけれどね(笑)。」
―N「TVの『ダグオン』ですが、放映当初、これほど美少年ファンの女の子に受けると思われ
  ていましたか?」
望月「全く…やおいというようなことは、意識していなかったよ。あくまでも、視聴者としての
  ターゲットは玩具を買ってくれる子供達だし…。それよりも当初は視聴率が低迷していて、
  そちらでかなりの苦労があったんだ。でも、途中からその方面での受けが良くなってきた
  ことには勿論気付いていたよ。どういう意味でそんなに好まれているのか知りたくて、
  『ダグオン』オンリー・コミケにも、お忍びで顔を出したこともあるんだ。」
―N「以前、会誌の原稿でも書いてますが、意識していないことが、逆にファンの心をつかん
  で、同人誌の作成に駆り立たせているのかもしれませんよ。端から妙にやおいを意識しす
  ぎて、それが為に失敗していると思われるアニメ作品も最近ちらほらと観られますしね。」
―T「OVA『ダグオン』ですが、制作スタッフは今まで通りですか?作画監督はどなたが?」
望月「実は、オグロアキラ氏がTVの『ダグオン』の仕事を最後に、アニメ業界を去って、他業界
  へ転身してしまったので、今回のOVAについては、残念ながら彼抜きで制作することになっ
  たんだ。作画監督はファンの間で評判が良かった柳沢テツヤくんが担当する予定だよ。」
―T「そうなんですか…あの最終回で賞賛に値する作画を見せて下さったオグロさんが…それ
  は、寂しいことですね。でも、柳沢さんなら安心です。あと、僕は植田洋一さんの作画も
  好きですね。」
望月「そうなんだ。植田君のように、日常をさらりと自然に描けるアニメーターが本当に上手な
  人なんだよ。
  『ダグオン』の最終回についてだけど、これがアニメ業界での最後の仕事ということで、
  オグロ氏の気合いの入れようには並々ならないものがあって、本当にスケジュールぎりぎり
  まで、出来得る限り時間をかけて作監作業をしているんだ。」
―N「すごく気合いの入った作画だなあとは思いましたが、そうした状況があったのですか…。」

―T「話は変わりますが、OVA『八雲立つ』。こちらはいつ頃発売の予定ですか?」
望月「こちらも『ダグオン』のOVAと同じく、秋以降に順次、全二巻を発売する予定だ。実は、
  困ったことに二つのOVAの発売予定月が同じで、制作日程が重なってしまいそうなんだ。
  大変な作業になりそうだな。」
―N「それは、頭の痛い話ですね。どうか、お体に気を付けて頑張って下さい。」

―T「その他には何か、お仕事の予定等、耳寄りな情報はありませんか?」
望月「これは、まだ本決まりにはなってはいないが、来年以降にあるTVシリーズのシリーズ
  構成をするという話があるんだ。いずれ、正式決定があれば、君たちにも詳しい話ができる
  と思うよ。
  あ、そういえば思い出した。二月に放映された『赤ちゃんと僕』三十一話「パパのタイムカプ
  セル」は観た?観てないだろ?」
―T&N「すみません、観ていません。」
望月「作監を後藤真砂子がやっているんだ。どうしても作画監督の手が足りなくなって、お引き
  受けした仕事のようだったけれどね。やっぱり観てないな。」
―T「久しぶりの、奥様が作監をされた回を見逃すなんて…うっかりしてました。LDがでました
  ら買いますので、どうかご勘弁下さい。(笑)」

 その他、次回会誌「こだわりの書9」に関する打ち合わせや雑談の後、二人は池袋駅にて望月さんとお別れしました。
一時間半程度の会話でしたが、実に有意義な時間を過ごすことができたように思います。次回会誌制作への新たなファイトを燃やす二人でした。

 十五、望月FC・ホームページ開設
 今やインターネット花盛り。そこいらのサラリーマンのおじさまが、個人のホームページ(以後HPと略)を開設しても、何の不思議もない世の中です。昨年四月に望月さんにお会いした際にも、パソコン通信やインターネットをFC活動に取り入れてみてはどうか・・・といったような話がでました。
 そこで、昨年秋にパソコンを買い換えて(富士通FMV)、まずはニフティサーブと契約、パソコン通信を始めました。次に、プロバイダと契約し、インターネットのHPを検索・閲覧し、電子メールのやり取りを行うまでに至りました。そこに至る過程にもかなりの失敗や苦労がありました。
 が、しかしその次の段階、HPを開くということを真面目に具体的に考えるに至って、小生は、はたと困りました。まず何をどうしたら良いのか、どのようにプログラムを組んで、どうやってプロバイダに送り登録すればよいのか、まったくの五里霧中で見当もつかない自分に気付いたのです。
 平成九年四月に望月さんと池袋でお会いしたその後、いよいよ望月FCのHP開設の必要性を感じた小生は、参考となりそうな本を購入したりもしました。でも、少々本を読んでみても、吾輩の頭脳がもはや硬くなっているためか、どうにもいまいち理解できません。焦燥感にかられ、途方に暮れている時、「そういえば、九大アニメ研の後輩で、立派なHPを開設している男がいた!」ということを、思い出しました。十歳以上も年下の彼に頭を下げることには若干の抵抗がありましたが、そんなわがままを言えるような状況ではありません。早速、彼(大森君)に電子メールを送って、いろいろとご指南していただくことにしました。彼のご了解・協力が得られた頃、折しもタイミング良く、IBMのソフト「ホームページ・ビルダーVer.2」が届きました。さあ準備は整いました。
 諸事情により、望月智充ファンクラブのHPは、大場打太氏のHP内に設置することとしました。次は、その内容です。いままでの会誌における蓄積されたデータの中から必要な物を適当にピックアップし、最初は文書のみのHPを組んでみました。しかし、画像データの無いHPは無味乾燥で、とても味気のないものに見えました。金銭的にゆとりの無い小生ではありますが、そこで、意を決してイメージスキャナ(EPSON:GT-8500)を冬のボーナス払いで購入することにしました。なかなか高い買い物でしたが、おかげで、表紙イラスト・その他の画像データをHP内に表示することが可能となり、ある程度カラフルな内容のHPをアップロードすることができました。初めてHPを登録したのが、平成九年六月二十二日です。苦労した分、その時の感動はいかばかりのものであったか・・・(涙)。
 その後、ちょこちょことこまめに手直しを加えて、ある程度の形に落ち着きました。まだご覧になっておられない方(圧倒的大部分とは思いますが…)がいらっしゃいましたら、ぜひ一度当FCのHPを覗いてみて下さい。ご感想の電子メールなどいただけますと嬉しく思います。次Pより、HPのアドレス・内容等の詳しい情報を掲載しております。また、ニフティサーブ内に最近できました「望月智充さんのパティオ」に関する情報も掲載しております。
 
 今回はここまでにしておこうと思います。次回の内容は全くの未定です。

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★この原稿は一応事実をもとに構成されてはいますが、ある程度脚色がほどこされており、あまり内容を素直に受け取らないようにして下さい。あくまでフィクションとして、お読みいただくようお願いいたします。
 


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